YOC9月のセミナー
本郷の坂道と文学散歩
〜樋口一葉、宮沢賢治、石川啄木、他を訪ねて〜
ガイド:3期 佐古岡清生(YOC代表)
H14/9/28
現在と、20年前と、江戸時代の地図を片手に新壱岐坂から壱岐坂、菊坂へと歩く。
壱岐の殿様って誰だと聞くと、「小笠原壱岐といって、小倉の殿様。高杉晋作に討たれた・・・」
と、二村健次郎氏。さすが。
樹齢800年くらいはありそうな大木(楠木)、明治のころと思われる門扉、教会など散在する。
炭団坂(たどんざか):3階建ての建物と地面が同じくらいの急な坂、炭団のように泥んこになって転げ落ちたり
したんだろう。そこを降りていくと狭い路地を進む。
人一人分の幅しかない。古い下町がそのまま残っている。
着物を着た童が喚声をあげながらおっかけっこしていきそうなそんな路地が今でも残っている。
樋口一葉が使ったといわれる井戸、質屋、子規や啄木、賢治、金田一京助、谷崎潤一郎、などの息吹を感じながら歩いた。


新壱岐坂は関東大震災後類焼防止を目的に広い道を作ったらしい。
そのほかの道は江戸時代のまま。
東村さんが、高校のときの修学旅行できたという旅館の前でたたずむ。
東大前から歩いてきたという。確かに、バスなんか通れたもんじゃない。
そういう旅館が沢山あったらしい。
夕日が見えたであろう坂の上からは文京区区役所のビルがその先を塞いでいる。
ちょうど近くの神社のお祭りがあり、あちこちでみこしを担ぐ声が勇ましい。

神輿をいれ、男衆が集まっている集会所(?)もまちに溶け込んでいる。
近くに弥生町があってそこから土器が発掘された。そこから弥生式土器、弥生時代と名づけられた、と、佐古岡氏。
「へーーーーーーーぇ」と感心してしまった。
「本郷もかねやすまでは江戸のうち」という看板があった。

ここまでが江戸で、湯島や上野は江戸の外かえ、と思いきや、ここを境にわらぶき屋根に変わっていたらしく、町人が
ここらあたりから住んでいたようだ。
丸の内線の本郷三丁目駅あたりになると現代に戻ってくる。
「大江戸線と丸の内線の駅をくっつけるんじゃないか・・・。」
読売湯島のお店に小川さんを訪ねた。
トレードマークのひげをたくわえ、元気そうな、一同を見て驚いた顔して出てこられた。
「暇な人たちがいたもんだ」といいながらとてもうれしそうな顔。
二村さんと鈴木正一氏や富茂氏の話題も。

11/23の年次総会での再会を約して先に進む。
最後は三河神社。
ゆっくり歩いて、1時間20分くらいの行程だった。
あとは酒を酌み交わしながらの2次会。
いつまでもあの町並みを残しておいて欲しい。
でも、自転車じゃ配達できないな。
うん、あれは肩紐だよ。・・・・。
なかなかいい企画でした。またどっかいって見たくなってきた。