一年350日は雨降り

 

 マレーシアは赤道の少しだけ北に位置していますが 太陽が赤道を跨いで南北に動く関係で七月頃より

四、五ヶ月間が雨季 あとは比較的安定した乾季となります。 日本の様にはっきりとした四季はありませ

んが ここの生活に少し慣れてくると多少その違いが分かります。 日本の春分の日は太陽が赤道直下に

位置しますが この国ではその一、二ヶ月前から少しずつ暑くなり始め 夏至の少し前まで気温が毎日少し

づつ上がります。 旧正月を過ぎたら暑くなるとここの人は言いますが ゴールデンウイークの頃が暑さの

ピークになる様です。 乾季のこの時期は毎日朝から気温がぐんぐん上がり始め 夕方には決まってバケツ

を逆さにこぼした様な夕立があります。

 夏至を過ぎると又太陽は赤道上に戻ってきますから 暑くなりそうですが雨季に入る為 ここ西海岸側では

晴れたり曇ったりと少し過ごし易い天気が続きます。 夏休みに観光に来た日本人や私の家族は“マレーシ

って意外と涼しい所だわね”などと言って帰りますが 説明するのも面倒臭いのでニヤニヤして聞いています。

 ただマレーシアでも雨季は西海岸と東海岸では全く様相が違い 反対側の東海岸側では時には台風の様

な荒れ模様が半日、一日と続きます。 ひどい時には数日間も続く為各地が水浸しになることがあります。

 出張の時この洪水を上空がら眺めると 一面泥水に埋まり高床式の家や大きな木の先端だけが顔を覗かせ

ている と言った光景を見ることが出来ます。 この厳しい天候のせいで東海岸に進出する企業は少なく 

多くの人々が西海岸側に来て働いていますので東海岸側は余り豊かではありません。 この貧しさ故に野党

が勢力を伸ばしていますが 逆に中央政府の保護を得にくい為 インフラ整備などもままならないと言う悪循

環になっているようです。

                                        

 西海岸に位置する首都圏の乾期には毎日と言ってよい程夕立があり 雨季には毎日といって良い程小雨

がパラツキますから 一年350日近くは雨降りと成るわけです。

 反対に雨季でも毎日晴れ間は覘きますから 一年に360日以上はお天気ですとも言えます。 ここの雨季

の雨は降り出すまで余裕があり余り激しく無いのですが乾季の夕立はあたりが突然暗くなり風が吹き出し雷が

鳴ったと思ったら 超大粒の雨がジャーと音を立てて始まりますから車から離れた時には大変です。

 車にはカサが常備されていますが 最初の頃は夕立の来るタイミングが判らず十数メートルの距離しか無い

のに 何度もずぶ濡れになって車に戻った事があります。 車の運転中良く夕立に逢いますが 降り始めフロ

ントガラスに当たって弾ける粒は何と500円玉位あります。 表面張力で丸まった雨粒はパチンコ玉位無いと

このサイズには拡がらないでしょうから 日本の小豆程の雨とは比べ物にならないと思います。 通常夕立は

長くても小一時間で収まりますし 途中ふっと小降りになるタイミングがありますので 今は昔の様にドジを踏む

事は無くなりました。 マンション、スーパーや会社の駐車場、学校の校舎と校舎の間には 屋根付き渡り廊下

の様なものが良く設置されていますが  毎日の雨の降り方の凄さからこれはこの国の必需品だなと思います。 

私が赴任した当初から 土曜、日曜日はよく接待、付き合いゴルフが有りましたが 家に戻って火照った体を

休ませるため 当時21階の窓からボケッと外を眺めている事が良く有りました。 そんな時1、20km先で雲の

塊が灰色の帯を引きずるようにして移動している光景を良く見ました。 そこ以外は晴れていて明るいのに 

雨の降っているところだけ薄暗い感じて見える筈のない大粒の雨が見える錯覚がし まるで天気予報の雨

マークが移動している様に見え一人感心して見ていたものでした。

 

 この国マレーシアでも80年代後半には外国企業の進出ラッシュがあり 90年代前半になるとあちらこちらで

道路の拡張工事が行われていました。 丁度昭和30年代後半の日本の高度成長時代に似た様相でしたが

 迂回路、工事中のデコボコ道の水溜りは赤土混じりでうどん粉を練った様になり 通る度にまるで車にカレ

ー汁をぶちまけた様になりました。 その様な時はいつも会社の用務員に車を洗って貰いましたが タイヤの

上部にこびり付いた泥の固まりは仲々落ちず 夕立の後のマンションまでの帰り道,  住宅街の水溜りにワザと

突っ込み綺麗にしていました。 夕立の後の一般の道路で側溝まで殺到する十数センチ程の水が出た時には

   洗車用として絶好のタイミングでしたが 調子に乗りすぎて或る日スターターをやられ 高い部品代を払う

羽目に成ったと言う落ちが付きました。

 

 マレーシアはイギリス統治の影響でか国道、県道に当たる幹線道には信号が無く 交差点は全て陸橋の上か

下に有り そこから本線側道に進入するという丁度東京の環状七号線の様になっています。 市町村道でも

ランナバウトと呼ばれるロータリー式交差点が多く 朝夕のラッシュ時、事故、大雨の後以外は信号待ちを

すること無しにスムースに走れます。 又道路は最低でも片側二車線で しかも左折は全て斜めの側道を使っ

て曲がれますから非常に便利です。 都心のKL市内と港(Port Klang)を結ぶ中央道などには別に二輪車

専用道路が付いており 東京、大阪での運転経験のある小生にとってここは正に天国のようです。 

工業団地のあるシャーアラムから都心まで6,70キロ位ありますが 赴任当時は都心まで30分もあれば十分でした。 

前回日本食が恋しく 忙しい時は別にして一番近いそれでも20KM位離れた空港のそばの日本料理店に車を

飛ばしたものでした と書きましたが納得して頂けたと思います。

 ある日ドリアンの話の時のテニス仲間の彼女と 彼女の会社の玄関前で夕食の待ち合わせをしました。 

会社から途中我が家でかみさんを拾うと言う事で  一時間程余分に見積もって会社を出ましたが 折からの

夕立ちで都心に近づくにつれ車の流れがスローになりました。 それで約束の時間の少し前に会社に電話を

入れたところ 雨で遅れる事を見越してか“まだ残り仕事をしているから大丈夫”と言われ少し安心して運転を続

けました。 目的地まであと5キロ位の所から 信号機に雷が落ちたらしく故障していて車がまったく動かず 

心配になって又会社に電話を入れましたが 既にオフィスを出たらしく連絡取れませんでした。 やっとの思いで

食事の約束時間から二時間半近く遅れ到着しました。 ひょっとしてキャンセルされたかな と思いながら駐車場の

階段を駆け登って 約束の場所に着いてみると 彼女は玄関の踊り場で守衛さんとおしゃべりをしていました。 

更に驚いたのは雨で約束時間が狂う事は ここでは日常茶飯事で2、3時間は当たり前との事でした。 

秒針まで合わせた新幹線の発着時間も便利ですが 二、三時間の遅れは良くある事とニコニコして待っている

大らかさも捨てがたいものです。 揚子江の上流で大雨が降ると下流に住む人は一ヵ月後に逃げる準備をすると

か 南米かアフリカの列車は定刻の一日遅れはザラにある事などと聞いた事があります。

 海外で快適に暮らすには 日本の常識は世界の非常識と思った方がストレスが溜まらず健康に過ごせそうですよ。

 

石田 勝  マレーシア住在:ご意見がありましたら下記 メールアドレスにお寄せ下さい。

masaru.ishida@konsortiu

石田さんのマレーシア便り Buck No.

旅行社の宣伝文句トロピカルフルーツ

飛行機が嫌いな果物

会社のトイレに紙がない

マレーシアには4回正月が来ます